住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家
徳島県との県境に近い香川県の山間の町。平野をぐるりと囲む稜線の向こうに太陽が沈むと、熱が冷めるように空が青味を帯びはじめます。ビニールハウスや家々の白壁も青白く染まり、次第に深い藍色を伴って、ゆっくりと夜の帳が降りてきます。
今回訪れたK邸は、1年前に改修を終えた築80年の古民家。
「夕食後にここでくつろぐのが至福の時」と話すご夫妻の視線の先には、茜色の柔らかい光に照らされ、陰影を揺らす庭の草木たち。改修によって新たな楽しみを手に入れたご夫妻の、穏やかな暮らしを取材しました。
K様は、ビニールハウスとその周りの玉ねぎ畑で日々農作業している。右下のお宅がK邸。
理想の我が家を追い求めて
青々とした田畑が広がり、民家が点在する讃岐平野。山と空の稜線がどこを切り取っても美しい、のどかな風景の中にあるのが、今回訪問したK邸です。この地に建ったのは80年以上前のこと。重厚な瓦屋根に讃岐ならではの鏝絵が印象的な立派なお宅ですが、3世代に渡って暮らしてきたということもあり、水回りの不便さや耐震性への不安などがあったそうです。それを解消したいと、キッチンとダイニング、浴室、洗面所そして土間のあったスペースを、Kさんご夫妻のライフスタイルに合う空間に改修することになりました。
「父の代には人の出入りも多かったので、勝手口から近所の人が入ってきて、そのまま台所の一角に置いたソファで話しながら一杯、ということが日常の一コマでした」とご主人。人が来ることを前提としてつくられていたためとても広く、今となっては持て余し気味であったことも改修に踏み切ったきっかけだったそうです。
では、広いスペースを快適な空間にするにはどうすれば良いか? 夜な夜な話し合い、改修に入る前の1年間で、なんと20~30案ほどのプランを考えていたというご夫妻。じっくりと考えをまとめる時間があったからこそ、やりたい事がより明確になったと話します。
理想とするイメージを持って、雑誌を見たり、さまざまな会社の資料を取り寄せ、実際に数々の現場も見に行ったKさんご夫妻。長い歴史を持つ家の重厚な佇まいを損なわないようにと、使う素材にもこだわって探した結果、たどり着いたのが菅組の家だったそうです。
「空間に人が合わせるのではなく、暮らし方にフィットするような空間と、その雰囲気に合う造作家具を取り入れたい。菅組さんならそれが叶えられそうだと思いました。既製品をあまり使いたくないということを設計士さんに伝えると、生活動線に合わせた造作家具の提案をたくさんしてくださったのも心強かったですね」と奥様。使う素材については、見学会などに行くとたくさんのヒントを得られたそうで、キッチン床のタイルや火山灰を主原料とした壁材、アメリカンスタイルのスイッチパネルなどは、実際に菅組の施工例から取り入れました。
さらに建築中は新たな発見も。今回改修したキッチンダイニングは北西の角。それまでマイナスイメージを持っていた方角を「光の差し込み方が柔らかくて良いですよ。暑い夏には夕方になると涼しい風が通ります」と設計士に言われたのは「目からうろこだった」とご主人。実際、フローリングの焼けもなく、窓の外の庭木や下草が真夏に枯れることもないそうです。
左上≫既存建物の解体前 左下≫解体後 右≫内装と家具が調和して、庭とも一体となった癒しの空間が実現
左≫同じく改修した2階の書斎。窓の外に新緑が広がる 右≫ライトアップされた庭は昼とは違った表情を見せる
鳥のさえずりを楽しむ余裕が生まれた
数カ月に渡り丁寧に調べて、施工例を見て、設計士と何度も打ち合わせを重ねて完成したK邸。打ち合わせの度に良くなっていると手応えを感じながらの家づくりは、とても楽しかったと振り返ります。
ご夫婦が一日で一番長く過ごすキッチンダイニングは、ダイニングのオーク材の床とキッチンの壁や床のグレーのタイル、ステンレス製のキッチンが印象的なスタイリッシュな空間に。実は窓の位置なども緻密に計算されていて、アイランドキッチンに立つと、外の道路からの目線を気にすることなく庭や遠くの山々が見え、山から下りてきた涼しい風が部屋を通り抜けます。そして少し離れていて不便だった浴室や洗面所はキッチンダイニングに隣接させ、生活動線もとても便利になりました。
さらに、スペースを持て余していたという室内を生活しやすい広さに狭めて、新たにつくったのは庭。縁側越しに見える庭は「庭屋一如」をテーマに、家と周囲の自然をゆるやかにつなぐ役目も果たしています。
「庭は後から考えればいいかな、と思っていたんです。でも設計士さんに『家とともに庭づくりも同時進行で考えましょう』と提案され、その通りにしたら大正解でしたね」とご主人。今では季節の移ろいとともに装いを変える庭を眺めるのが日課になり、新芽が出たり花が咲いたりするたびにご夫妻で喜んでいるのだそうです。
「庭を楽しむ時間ができて、山から聴こえる鳥のさえずりも心地良く感じるようになりました。リフォーム前にも聴こえていたはずですけど、感じ方が違う。不思議ですね(笑)」と奥様。日々に追われるのではなく、日々を楽しむようになった証しかも、と話します。
上≫洗面所と浴室はダイニングの隣にあり、使い勝手抜群 左下≫手作り家具は勝手口外の作業エリアにも 右下≫季節ごとの花木が楽しめる庭
ところで、ダイニングスペースにあるひときわ存在感を放つテーブル。実はこれが、キッチンダイニングを設計する上でキーポイントとなりました。かつて造作家具の会社を経営していた奥様のお父様が今回の改修に合わせて採寸し、北米産のナーラという木を使ってつくったもの。食事をするだけでなく、家族が集まる場所にふさわしいものにと、図面ができた段階で製作が始まりました。
「父が勧めるサイズで図面に当て込んでみた時には『大きすぎるのでは?』と思ったんですが、家ができて搬入したら、ベストな大きさでした」とご夫妻ともに絶賛。家具製作のプロであるお父様と設計士のタッグで、まさに「黄金比」の空間ができあがりました。
最後に「家づくりの採点をするなら?」という質問には「200点!」とご夫妻揃ってにっこり。その笑顔からは、日々の暮らしを心から楽しんでいる様子が伝わってきました。
解体前と後の図面
K邸
場所:香川県仲多度郡まんのう町
竣工:2022年6月
改修部延べ床面積:51.19㎡(15.51坪)
構造:木造平屋建て
設計・施工:株式会社 菅組