家業を守り、住み継ぐ家

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今回訪れたのは、高松市郊外にある林業家4代目Hさんご家族のお住まいです。光を取り込むガラスの玄関ドアを開け、まず目に留まるのは色彩豊かな絵画。娘さんが描く絵はお部屋の各所に飾られ、季節に合わせて設えることが奥さんの楽しみとなっているそう。

LDKの中央にある大黒柱は、Hさんのお父様が戦前に購入された徳島県脇町の山の、樹齢88年になる檜を新月伐採(※)したもの。埋め木は欅、蝶チギリには黒檀を使用しました。

※新月伐採:樹木の中に栄養水の残留が少ない切り旬(冬季の新月)に伐採すること。

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守り、活かし、光を通す

Hさんの住居は北側の離れと南側の母屋、その間にLDKの三棟が「H」字のように繋がっています。築86年の離れは奥座敷のような歴史ある風情。屋根裏を見ると「和小屋」と「洋小屋」と「与次郎小屋」の三種からなるハイブリッドな小屋組み(※)が残っていました。Hさんが子供の頃は、かまどや五右衛門風呂、井戸があり、床下から大きなおんびきさん(ヒキガエル)が飛び出してきたと、当時の思い出を話してくださいました。

築45年の南側の母屋は、新建材も用いられた和モダンを感じる建物。南北二つの建屋の間には、食堂と台所の棟がありました。増築・改築されてきたこれら三棟が重なりあう屋根の部分からは雨漏りがあり、また段差の多い床でもありました。これからもこの家で安心して暮らしていけるように、生活導線をバリアフリー化したい。そんなHさんご家族の思いが出発点となり、建替え・改修計画がスタートしました。

玄関から母屋、離れのトイレまでをバリアフリーにするには、どうしても床と天井の高さに制限があります。圧迫感を感じさせないために、新しいLDKの天井は吹き抜けにし、中窓、間接照明を設置。東西に大きな窓をとり、芝生の庭につながる軒の深いウッドデッキの効果で、光と風が通る開放感のある空間になりました。

一方で、当初は食堂や台所とともに北側の離れも解体して建替える話もありましたが、貴重な小屋組みのほか、凝った造りの建具や、黒檀や紫檀、黒柿など良質な材もあったため、活かすことに。

※ 建物の屋根を支える骨組み。「和小屋組」と「洋小屋組」があり、「与次郎組」は古来の土蔵や酒蔵に見られる和小屋組のひとつ。

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photo(左上):娘さんが描いた四季折々の絵画が飾られている玄関(取材時:8月) (右上):笑顔で家づくりの思い出を語ってくださったご主人  (左下):軒が深く、ゆったりとしたウッドデッキと、お孫さんたちも大好きなお庭  (右下):古木里庫の一枚板を使った洗面台のあるお手洗い

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photo:H邸のリビング

「林業に誇りをもって精励すべし」

ご相談いただく5年前、Hさんは家業でも大きな転期を迎えていました。

お父様から林業を継いでしばらくの間は、下刈りや保育間伐(植林した苗木の成長を妨げる雑草や雑木を刈り払う作業)は自力で行い、その後の重機を要する伐採搬出作業は森林組合に委託していました。そうして育林期間を終えた木を出荷しても、材価の低迷や人件費の高騰で、山主は赤字になるばかり。林業だけで存続するのは厳しい状態でした。とはいえ、山を放っておくことはできません。伐採を委託ではなく自伐する方向へと舵を切り、付加価値をつけて利益を生み出す必要性を感じるようになりました。

その思いを企業に勤めていた息子さんに伝えたところ、息子さんの心の中には幼いころから見ていた床の間の掛け軸に記されている家訓「造林は環境保全に貢献する一大公益事業である。誇りをもってこの偉業に精励すべし。」の言葉があったため、すぐに決心されたそう。親子二人三脚、重機を購入し、自伐林家として再出発しました。

低温乾燥と、手刻みの家

造林作業道を整備するには、大量の木を伐る必要がありました。そこで、自伐した木を建替え改修に使用することにしました。構造材、板材は全部でおよそ4トンにもなりました。その後、構造材は綾歌町にある山一木材(株)さんで約1年間、バイオマス併用の自然乾燥に近い山一式低温乾燥装置で乾燥させ、板材は自宅の倉庫で桟積乾燥しました。スピーディに乾燥できる通常の人工乾燥では、本来の檜の香りがなくなってしまうからです。

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photo(左):香川県さぬき市長尾のHさんが管理している山。立派に育ったヒノキを見つめるご主人 (右):下草まで光が届く、Hさんの明るい森

三代に渡り、手をかけて育てた木を。

乾燥した木は、プレカットはせず全て大工の手刻みで加工しました。手刻みとは、材の一本一本に鉋(かんな)をかけ、のこぎりやノミで継ぎ手や仕口などの凸凹加工を施し、精密に組み上げていく技術のことです。

表面の艶、手触り、木目がプレカットされた材とは比べ物にならないほど美しい仕上がりになります。また、材の癖や歪み、捻じれを見極め調整しながら組み上げるので、強度もあり、木組みも美しくなります。まさに伝統工法を習得した宮大工だからこそできる洗練された匠の技です。「手刻みを間近で見られるのはとても貴重な体験だった」とHさん。薪ストーブに火を入れて3年経った今でも、木材の割れはほとんどありませんでした。

三代が手間をかけて大切に育てた檜。檜の良さを最大限に引き出せるよう、天然乾燥をして、手刻みの家を建てる。そんな夢のようなプロジェクトは、代々続く先人たちへの敬意や、山への感謝の現れでもありました。

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photo(左上):伐採しているHさん (右):Hさんが管理している山で、Hさん自ら建替え・改修工事で使う木を伐採(新月伐採) (左下):Hさんと息子さん、菅組の山口棟梁、設計、営業の5人で伐採した木の確認や、背割りを入れる場所を相談している様子

「林業から出発した家づくり。木の良さは知ってはいましたが、暮らしてみて無垢の木の良さを再認識しました。本当にいい香りで癒されます。改修して、思っていた以上に快適に過ごしています。

FAXを送ったら数日後には木材が届き、どこの木かも判らない木で家を建てるのが当たり前の時代。今回私は、三代に渡り手をかけて育てた木を自分の手で伐りました。その後は運搬、乾燥、それから工務店の方、大工さんがいて。関わるすべての人たちが私の夢を一緒に追いかけて建ててくださいました。林業をやっていて、本当によかったです」そう振り返るHさん。林業の未来についても、朗らかな笑顔で力強く語ってくださいました。

「家を建てることの川上の人間として、夢を持って家づくりをする人たちのお手伝いをしたい。そして、小さな林業でも、持続可能な林業を目指したいと考えています。木を育てるということは、時代の変遷に左右されることなく、我が道を行くということなのです」

Hさんの描く林業の未来は、木漏れ日のように真っすぐ森を照らしているようでした。

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photo(上):約1年間の自然乾燥に近い山一式低温乾燥装置で乾燥させた木が、菅組の刻み小屋に搬入された時の様子 (左下):大黒柱と梁と桁を四方差し、車知栓(しゃちせん)で接合  (右下):香川県のみどり整備課の方や、林業関係の方々をお迎えして構造見学会を開催

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photo(左):樹齢約90年のヒノキの大黒柱が据わり、お孫さんも大喜び  (右):工事途中の建物を真上からみた様子

場所:高松市

竣工:2019年9月

延床面積:建替え部分:34.23㎡(10.37坪)  /  改修部分:95.92㎡(29.06坪)
構造:木造平屋建て
設計・施工:株式会社 菅組

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